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プレゼンとスライドと資料

恐らく皆さん、プレゼンを作る/演じる際には各々自分なりのノウハウやポリシーがあるかと思います。

僕もいろいろあるのですが、その1つに「線」を意識するというものがあります。なんとか太子を除く普通の人間は話を聴く際にパラレルには理解でません。フォーカスを集めるには常に一本の線を追うように物語を語る必要があると考えています。

そしてその線のメインストリームはプレゼンターの話でしょう。プレゼンターの話を聴きにくる場、それがセミナーでありプレゼンです。線には誘導性があり、計算された美しい線は短時間での印象づけや腹落ちを実現します。それこそが資料を置いてきて読んでいただくことと、能動的で誘導的なプレゼンを行うことの差であり、意義の違いだと思います。

僕がいつも見ただけでは謎な資料(スライド)を作っているのは、スライドはメインストリームの話をよりたやすくオーディエンスが理解するためのヘルパーだと考えているからです。人は話/文章を理解するとき、頭の中で映像化を行って咀嚼します。したがって話している文章をスライド上で映像にしてみせることで、オーディエンスは自分が聞いて理解したものが合っているかどうか確認したり、文章では伝わりにくい相関関係を捉えることができると思います。

なのでプレゼンのスライドは視覚化が命。そこに文章は必要ありません。文章は話せますから。文章があるとオーディエンスは本能的にまず読もうとします。その間話は聞いているようで聞けていません。これではメインストリームにフォーカスを集めることができません。集中力が文字通り脱線します。

逆にスライドではなく「配布資料」は極限まで一枚のスライドに情報を詰め込んだリファレンスであったりリマインダーであったりします。後々話しを思い出して整理するためにこういうものも必要でしょう。資料は面のアプローチ、プレゼンは線のアプローチ。しかし面に様々な情報を並行表記した資料はプレゼンでは使えない。情報を2つ以上同時に出した時点でフォーカスがぶれます。

面倒ですが最高のパフォーマンスを出そうとすればこれらは別々に作成する他ありません。なので特に最近、プレゼンスライドに加えて一枚でわかる凝縮版配布用資料を対で作成するようにしています(以前は配布はあきらめていたましたが、もったいないかな、と思い)。

しばしばプレゼンのレビューということで資料を共有いただくことがありますが、僕が資料をもらってレビューできるのは絵がかわいいかどうかくらいです。資料をみたら内容がわかるプレゼンであればプレゼンしないで資料を配れば良いと思いますし、僕が思うプレゼンであれば資料をみてもシナリオはわからないのでレビューであれば実際にお話を伺うことが望ましいだろうと考えています。

ちなみにトレーニング色の強いセミナーは僕の中でプレゼンとは違う定義です。トレーニングの場合はまた違うプラクティスがあると思っています。今回は人の心を動かすための行事、プレゼンの話でした。

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Written by 中嶋 一樹

11月 30th, 2010 at 6:03 am

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